藤圭子はなぜ石坂まさをを憎んだのか

2000年から藤圭子番となったスポニチの阿部公輔氏が2006年頃の藤圭子について話しています。2013年10月4日のアサ芸プラスから引用します。

一方、圭子はデビュー当時のキャッチフレーズだった〈怨念〉を、何度となく言葉にしている。
「この世で一番、憎んでいるのは母親と石坂まさを」

藤圭子は1988年に絶縁していた父親から、母親の澄子さんがギャラを着服していたと聞かされ、絶縁しています。ですから藤圭子が母親を憎む理由は分かります。ですが石坂まさをを憎むようになった理由が判然としませんでした。

藤圭子は1992年と1994年の2度石坂まさをと会っています。1992年に会った目的は当時9歳の宇多田ヒカルを売り込むことでした。1994年は宇多田ヒカルの売り込みもありましたが、主に藤圭子自身の売り込みでした。当時は「酒に酔うほど」を発売しており、演歌とは異なるそういった「新しい藤圭子」を石坂まさをに売り込もうとしています。

ヒカルを一流の歌手に育てようと一所懸命だった1990年代は、藤圭子の精神状態は比較的良好だったようです。ですから石坂まさをへの売り込みも行えたのでしょう。ですがヒカルの売り込みも「新しい藤圭子」の売り込みも、演歌の作詞家である石坂まさをとは分野が違うので当然断られるはずです。当時の藤圭子がそのことに無頓着のようなのは奇妙に思えます。

藤圭子の精神状態が極度に不安定となった時期には、一時引退してニューヨークで沢木耕太郎に裏切られた1980年、母親に裏切られた1988年、ヒカルの事務所の副社長を照實氏とヒカルから退いてほしいと言われた2002年以降があります。

藤圭子の精神の病は自傷行為や自殺企図が目立たない高機能型の境界性パーソナリティ障害であった可能性が高いのですが、その疾患では親密な関係にある人との間で症状が起きます。精神状態が不安定になると、症状が起きやすくなるのです。

藤圭子は1981年に歌手復帰記者会見を行っていますが、歌手復帰はないと宣言したにも関わらず1年半で歌手復帰を表明した藤圭子を批判するマスメディアがありました。月刊「創」1981年9月号に、藤圭子の復帰を批判する記事を書いた芸能記者の本多圭氏は、営業で立川のキャバレーに居た藤圭子に呼び出されて厳しく叱責されています。そのことについて本田圭氏は次のように回想しています。2013年8月24日の東スポWebから引用します。

筆者は藤さんが電撃引退して、2年足らずで復帰した姿勢について批判する記事を書いたことがあった。その記事に激怒した藤さんは、営業先だった立川市のキャバレーに筆者を呼びつけて、芸能界への恨みつらみを延々語り、深夜まで帰してくれなかったという苦い思い出がある。

ここで藤さんは、石坂さんに、金銭面でも労働面でも過酷さを強いられ、そこから逃げる意味もあって、電撃引退したようなことを話していた。

だが、復帰後の藤さんもその状況に満足しているようではなく、被害者意識が強かったような気がする。当時から、藤さんは芸能界というもの自体に怨念を持っていたのかもしれない。

歌手復帰を批判する記事を書かれた藤圭子は激怒したと言います。精神的に不安定となった藤圭子は石坂まさをや芸能界に対する被害者意識をあらわにしています。ですがこの被害者意識は精神状態が安定しているときは顕在化していないようです。

藤圭子は目上に媚びを売るようなことや自分を売り込むことは苦手だったのだと思います。そのため芸能界で生きていくには向いていなかったようです。ですから芸能界に対する被害者意識も生じたのでしょう。

2002年以降、ヒカルの事務所の副社長を照實氏とヒカルから退いてほしいと言われてから精神的に不安定となった藤圭子は、再び被害者意識があたまをもたげ、石坂まさをを強く憎むようになります。

境界性パーソナリティ障害では家族など親密な関係にある人との間で強い確執を生じるケースが多くあります。藤圭子が母親と絶縁したのはその表れといえます。一方、石坂まさをは家族ではありませんが、藤圭子育ての親であり、その意味でデビュー前後には家族同様の親密な関係にありました。

藤圭子は石坂まさをに金銭面でも労働面でも過酷さを強いられたと話していますが、確かにデビュー当初は月給が安く、仕事もハードな場合がありましたが、デビュー当初に人気が過熱した歌手では往々にしてあることであり、それもデビュー1周年を迎える頃からは金銭面でも労働面でもかなり改善しています。ですので藤圭子の石坂まさをに対する強い憎しみに正当性があるとは思えません。また藤圭子はたくさん嫌な思いをした芸能界に石坂まさをが自分を招き入れたことでも石坂まさをを憎んでいたようです。ですが藤圭子自身が芸能界に入ることに決めていたのであり、このことで石坂まさをを憎むのは筋が通らないと思えます。

こうした藤圭子育ての親である石坂まさをに対する強い憎しみの感情は境界性パーソナリティ障害の症状と言えるでしょう。