「とても人前に出られる状態ではありませんでした」 晩年の藤圭子

週刊現代 2013年9月7日号から抜粋して引用します。

本誌はごく最近まで彼女と付き合いがあったという人物に話を聞いた。それは衝撃的な内容だった。

「実は彼女は一時、千葉県の療養施設に入っていました。お酒も相当飲んでいましたし、アメリカで暮らしているころにはドラッグにも手を出していたようです。そういう生活で精神的に不安定になってしまったんです」

この知人によれば、娘・宇多田ヒカルさんの父親でもある音楽プロデューサーの宇多田照實氏と2007年に離婚した際、ある程度のまとまった金額を手にしたが、最近では決して裕福とは言い難かったという。

知人が続ける。

「離婚した直後からしばらく、彼女は恵比寿にあるウェスティンホテル東京に住んでいました。宇多田氏と別れると同時に、娘のヒカルさんともほとんど没交渉になり、その挙げ句が療養施設入りです。

そこを退院してからも、突然、昔の知り合いのところに電話しては、すでに亡くなっている人物について『私を騙していた』などと怒りをぶつけることもあったといいます。晩年は周囲のごく親しい人物さえも信用できないような状態だったんでしょう」

この知人に、

「藤さんはまだまだ歌いたかったんでしょうね?」

と訊いたところ、彼は即座に、

「とても人前に出られる状態ではありませんでした」

と断言したーーー。

「千葉県の療養施設」というのは精神科病棟だと思われます。入院は2007年以降のようです。藤圭子は自身の精神疾患を自覚し、治療するために入院したのでしょう。酒やドラッグに手を出したから精神的に不安定になったのではなく、精神的に不安定になったから、それを紛らわそうと酒やドラッグに手を出すようになった可能性があります。

「すでに亡くなっている人物」が誰かはっきりしませんが、母親の竹山澄子さんなのかもしれません。竹山澄子さんは2010年に亡くなっています。退院してからもすでに亡くなっている人物について怒りをぶつけることがあったといいますから、治療はうまくいかなかったのでしょう。

「最近では決して裕福とは言い難かった」ということから、金銭的に余裕のない状況となったようです。莫大なお金があってもギャンブルなどにつぎ込んで大半を失ったのだと思います。金銭面で困っていたという点については、藤圭子を古くから知る関係者も話しています。同誌から引用します。

「3年ほど前(2010年)でしたか、彼女から電話があり、『ちょっと相談に乗って欲しい』と言われました。会ってみると、照實さんへの不満や経済的困窮を切々と訴えてきたんです。

その場で、彼女は立て続けにブランデーグラスを空け、かなりすさんだ印象を受けました。

孤独や苦悩、人間不信を紛らわそうとお酒に頼っていたためか、精神のバランスを崩しているようにも見えました。

2010年12月に藤圭子のベスト盤CDが発売されています。これには金銭的に困っていた藤圭子が、CD発売で少しでもお金を得ようとした可能性があります。藤圭子は2009年にかつて米国当局に押収されていた4,900万円を返還されています。それだけあっても翌年にはお金に困っていたというのは、ギャンブルで大金を使いはたしていたからでしょう。

FRIDAY 2013年9月13日号から引用します。

「最近は白髪を伸び放題にして、口ひげすら目立ち、見る影もありませんでした。老婆のようにガリガリだったし、誰が見てもあの藤圭子とは気づかなかったはずです」(音楽プロデューサー)

2010年頃に撮影された藤圭子の写真があるのですが、それには白髪の藤圭子が写っています。口ひげが目立つというのは、極端な痩せになるとうぶ毛が濃くなることがあるためでしょう。竹山澄子さんの妹で藤圭子の叔母に当たる竹山幸子さんが2010年に藤圭子に会っているのですが、幸子さんによれば、藤圭子は1日にコンビニのおにぎり1個しか食べなかったといいます。慢性的なうつ状態で食欲がなかったのかもしれません。

8月22日朝、西新宿のマンションから飛び降り自殺した藤圭子(享年62)。同居男性と暮らしていた13階の部屋のベランダから身を投げた藤は、いつ一線を越えてもおかしくない「危険な精神状態」にあった。数年前、都内の裏カジノで藤を目撃した関係者は次のように語る。

「藤さんはバカラに熱中して、1コイン10万円のコインをバンバン張っていた。その店では何回も藤を見ましたが、いつも30代くらいの同じ男と一緒に来ていたんです。一晩で数百万円負けた日もありましたが、ケロッとしていました。でも、破滅願望があるような、乱暴な張り方だったのを覚えています」

藤を知るスポーツ紙芸能記者が言う。

「とにかく気持ちの浮き沈みが激しく、誰も信用できないため、いつもキティちゃんのバッグに大量の札束を入れて持ち歩いていた。浴びるようにウィスキーを飲んで、気を紛らわしていた時期もあります。2000年頃にパニック障害と診断され、千葉にある病院で治療に専念しましたが、長くは続かなかったんです」

ギャンブル依存は多くの場合、治るということがありませんから、藤圭子も晩年までギャンブルをやめることができなかったようです。バカラはトランプゲームの一種で、お金を賭けてプレイするバカラ賭博は、国内では違法とされ、取締も行われています。いつも30代くらいの同じ男と一緒に来ていたという男性は、藤圭子と同居していた元マネージャの男性でしょう。目が不自由になった藤圭子の足代わりとなり、バカラで藤圭子が有り金全部使い切ってしまわないよう、掛け金を管理する役目もはたしていたと思われます。ギャンブル依存は、境界性パーソナリティ障害で併発しやすい精神疾患の一つです。

「気持ちの浮き沈みが激しく」というのは、藤圭子の精神疾患の症状だと思います。藤圭子は境界性パーソナリティ障害であった可能性が高いのですが、その症状として、気分が落ち込んだと思ったら突然怒りを爆発させるなど、気分が数時間ほどの短時間で変化することがあります。こうした症状は、境界性パーソナリティ障害では家族など親密な関係にある人との間で起きます。

「2000年頃にパニック障害と診断され、千葉にある病院で治療に専念」とありますが、週刊現代の記事では2007年以降に入院したとあります。パニック障害と診断されても、入院は2007年以降だったのかもしれません。パニック障害は境界性パーソナリティ障害と併発しやすいことが分かっています。

週刊文春 2013年9月5日号にも藤圭子が精神疾患に悩んでいたという話があります。

ある芸能関係者は、「昔の彼女は周りのことを常に考えるような子でした。それがいつからか『パニック障害と神経症に悩んでいる』と告白するようになり、精神の不調を訴えるようになった」

記事から受ける印象は、藤圭子が晩年になってから精神疾患の症状がひどくなっているということです。歌うことをやめ、藤圭子を「封印」せざるを得なかったことが、症状がひどくなった原因の一つだと思われます。