ロックグループ『ジュテーム』のボーカルと同棲していた藤圭子

「流星ひとつ」で藤圭子は数年間男性と同棲していたと話しています。「流星ひとつ」から引用します。

「3年間一緒だったというと……暮らしていたわけ?」
「別々のときもあったけど、あとからは一緒に暮らしてた」
「どこで?」
「あたしの……」
「マンションで? お母さんも一緒に?」
「うん、そう」
「へぇ。その彼は、何をする人だったの?」
「歌を歌う人だったんだ。無名だったけど、とてもうまい人でね。グループを組んでボーカルをしたりしてたの」
「どういうキッカケで知り合ったの?」
「その人が歌っている店に行ったのかな……」

この前後の話から、藤圭子がボーカルの男性と交際していたのは、1975年から1978年までの3年間であることが分かります。
この男性と思われる人と藤圭子の付き合いを週刊平凡1975年11月27日号が報じています。抜粋して引用します。

ここ(他誌の記事)で、藤の恋人として登場しているのは、ロック・グループ『ジュテーム』のリード・ボーカル・宮本ヨシミ、まだ19歳の青年だ。

2人が出会ったのは今年6月。六本木のサパークラブ『バルバラス』に遊びに行った藤が、たまたま出演中だった宮本を見そめ、わざわざ自分の席に呼んで、お酒をごちそうしたのがきっかけということになっている。

はじめは遊び半分だったが、しだいに、2人の心は燃えはじめる。

交際がはじまった直後、宮本は、それまで同棲していた恋人と別れ、マンションを転居した。

記事はこの転居に、同棲というニュアンスをダブらせながら、将来の結婚をなんとなく暗示して終わっている。

インタビューも受けていない。まるで、見に覚えのないことだった。

藤はいま、せつなげに、こう訴える。

「宮本さんを知らないとはいいません。とてもおもしろくてすなおな男の子です。ジュテームのメンバーと何度かお酒を飲んだのも事実です。でも誓っていいますが、ただそれだけのおつきあいです。

私はこれまでも、あることないこと、ずいぶん書かれました。でも、こんなひどい書き方をされたのははじめてです。これでは、まるで私が、すごくふしだらな女みたいじゃありませんか」

記事からこの男性の年齢は藤圭子が24歳のとき、5歳年下の19歳であったことが分かります。雑誌で男性との同棲と将来の結婚を暗示する記事を書かれた藤圭子は、新栄プロの西川社長に釈明のために会いに行きます。

彼女はすぐ、所属する『新栄プロ』の社長・西川幸男氏の、赤坂の自宅へ車をとばした。

もちろん、再婚うんぬんの記事は西川氏にとっても寝耳に水である。藤が憤慨する気持ちはそのまま、西川氏のそれでもあった。

だが、このとき西川氏は、藤を慰めるどころか、じゅんじゅんと、こうさとしたという。

「これを見て、きみが怒る気持ちが分からぬわけではない。だが、きみ自身の生活態度にも問題はなかったかな…」

タレントは処世術のむずかしい人間だ。どこへ行ってもチヤホヤされるし、贈り物をもらったり、食事をごちそうになる機会も多い。

だが、ファンにもいろんな人間がいる。相手がどんな意図で近づいて来たのか、まずそれを考えなければいけない。チヤホヤされることに慣れてしまったら、タレントはもうおしまいだ。西川氏はそれをいいたかった。

「ふつう若い娘さんが、朝の4時や5時まで、男と一緒に酒を飲んでいたら、世間からどんな非難を受けると思う。タレントだからといって例外ではない。しかも、つねにみんな注目しているんだ。あることないこと書かれても、一面では仕方がないとおもわんかね」

ーーきみはもういちど、自分の生活を、人間を見る目を養う必要があると思うよーー

ずいぶん思いきった苦言である。彼女は下唇をかんで、涙ぐんでいた。

西川社長の忠告は実に的を射ています。しかし、藤圭子はこの忠告に従うことはありませんでした。「流星ひとつ」によれば、この後も付き合いを続け、自分のマンションで3年間近くに渡って同棲までしています。この間、不思議なことにマスメディアに同棲していることを報じられることはなかったようです。

藤圭子は「流星ひとつ」で「あたしって、好きな人ができたら、一直線にそっちに向かっちゃう人間なんだよね」と話しているとおり、この男性との恋愛も、西川社長の忠告は耳に入らなかったようです。結局、3年後に男性から付き合いを解消されてしまいます。男性にいいように利用されただけに終わってしまいました。

記事の中で藤圭子の印象について書かれた部分があります。

藤と話していて、いつも感ずることがひとつある。それは彼女が、離婚経験を持つ女性とはとても信じられないほど、純な魂の持ち主だということだ。