藤圭子 『みだれ髪』の秘密

藤圭子は1995年の「乾杯トークそんぐ」で『みだれ髪』を歌っています。このときの歌唱が素晴らしいと評判になり、You Tubeでの再生回数にもそれが反映されているようです。

今回は藤圭子が歌った『みだれ髪』がなぜそれほど聴く人を惹きつけるのか、その理由を解明してみましょう。そのために比較対象としてオリジナルを歌っている美空ひばりの歌唱も取り上げることにします。

「みだれ髪」の歌詞全体を通して、塩屋岬に女性がひとり佇み、男性に捨てられてもなお未練が残り、捨てた男性の幸せを祈らずにはいられない哀しい女性の心情が表現されています。叶わぬ恋の辛さが描かれており、女性のうら寂しさゆえの、寂寥漠々たる光景が浮かんできます。

美空ひばりの歌唱動画にはいくつかあるのですが、1988年12月放送の動画とすることにしましょう。


みだれ髪 美空ひばり

美空ひばりは楽譜にほぼ忠実に歌っています。それでいてこれだけ説得力のある歌唱ができているのは見事です。声の強弱が安定していてスムーズに出せており、聴いていてとても安定感があります。

次に藤圭子を聴いてみましょう。


藤圭子♥追悼:みだれ髪

藤圭子の歌唱も美空ひばりと遜色ないほど発声が安定しています。藤圭子の歌唱にはそうした安定したベースの上に聴く人を惹きつけるテクニックが散りばめられています。

最初の出だしの ♪かみーのー で聴く人は一瞬でいきなり藤圭子の歌唱に惹き込まれてしまいます。最初の出だしで藤圭子は ♪かみーのー の〈か〉の発声で吐息を混ぜているのです。出だしの1音に吐息を混ぜる。これほどインパクトのある出だしはないでしょう。

3小節目から4小節目にかけて、楽譜上は ♪あかいけだしがかぜーにーまうー ですが、藤圭子はこれを ♪あかい けだしが かぜーにーまうー と区切って語りかけるように歌っています。これによって聴く人は一層藤圭子の歌唱に惹き込まれることになります。

♪にーくや こいしーやー の部分。♪にーくや の〈や〉で再び吐息を混ぜています。出だしと同じように聴く人を惹きつけるテクニックです。

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楽譜上で ♪しーおーやーの みーさーきー となっている部分を藤圭子は ♪しーおーやの みーさーきー と歌いまわしの長さを変えて歌っています。〈やーの〉と伸ばす箇所を〈やの〉と短く発声することで、このサビの部分を強調する効果が生まれます。そして ♪みーさーきー の〈みー〉でしゃくりを使っています。歌唱に変化をつけるテクニックです。

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楽譜上で ♪なげーてーとーどーかーぬー と同じ間隔の歌いまわしを ♪なげーてーとどーかぬー と間を詰めた歌いまわしで歌い、単調になりがちなこの部分の歌唱に変化を付けています。

楽譜上で ♪むねにかーらーんーでー とつなげて発声するところを ♪むねに かーらーんーでー と区切って語りかけるように歌っています。

最後の ♪なーみだをしぼーるー の発声で ♪なーみだをー しぼーるー と極限まで長く引っ張っています。これほど引っ張ると聴く人に強い印象を与えることになります。

藤圭子の歌唱は随所で楽譜通りではなく、1番のみを取り上げてもこれだけの相違点があります。藤圭子は聴く人に与えるインパクトが最大になるような歌いまわしに変えたり、吐息を混ぜたりして歌っています。

安定した発声に加えてこのようなテクニックを使って歌っているので、聴く人は藤圭子の歌唱に否応なく惹きつけられることになります。さらに藤圭子の声質が『みだれ髪』に合っているといえます。

この曲で主人公が抱いている寂寥感を表現する上で、藤圭子の暗い響きと力感のある声質がよくマッチしています。一人佇む女性の希望のない荒涼とした心象風景と、藤圭子の暗い響きのある声質がぴたりと一致し、聴く人を歌の世界へ没入させることになります。また力感、エネルギー感のある藤圭子のハスキーな声質が、聴く人への訴求力を高めることに大きく貢献しています。

さらに藤圭子の歌唱において、歌詞の1音1音の発声としてのつながりがスムーズであるという点も魅力的に聞こえる理由となっています。

美空ひばりはほぼ楽譜通りに歌いテクニックを使わずに聴く人に感動を与える歌唱を行っています。藤圭子は楽譜通りではなくいくつものテクニックを使って聴く人が魅力的に感じる歌唱を行っています。

曲に対するアプローチの仕方が二人でまったく違うため、優劣をつけるのは意味がないでしょう。