藤圭子に生きることを教えてくれた宇多田ヒカルの存在

藤圭子は1993年にU3名義でアルバム「STAR」をリリースしています。同アルバムは主に藤圭子に関するエピソードや思いを曲にしています。

アルバムタイトルになっている「STAR」という藤圭子 作詞、藤圭子・照實氏 作曲の曲の歌詞は次のようになっています。

 子供と笑うあなたの
 写真を見たわ、雑誌で
 思い出はあの頃の
 無名のあなたと
 肩をならべた私
 アルバムの写真に

*あなたはSTAR
 私はただの
 優しい妻になりたいと
 夢を語り合った

 笑顔の似合うSTAR
 スクリーンの中で
 そうよ、あの日のあなた
 些細なことで
 住所も告げず
 別れたバカな女には
 一人がよく似合う

*REPEAT

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この歌詞での妻は藤圭子、あなたは照實氏と考えられます。STARとは照實氏を意味しているようです。藤圭子は照實氏を最高に理想化して将来のSTARと呼んでいるのでしょう。この曲とは逆に照實氏が藤圭子に語りかける形の藤圭子 作詞・作曲の「愛しているよ、あの日の君を」も収められています。

このアルバムの作成時期の藤圭子の精神状態は、照實氏を理想化してアルバムを制作したのですから、比較的安定していたことがうかがわれます。

このアルバムには当時10歳だった宇多田ヒカルが作詞・歌唱を行った「THANK YOU」も収められています。この曲の作詞には藤圭子も関わっています。

このアルバムで注目されるのが藤圭子 作詞、藤圭子・照實氏 作曲の「生きることを教えてくれた」です。この曲の歌詞は次のようになっています。

 荒れ果てた町
 凍りついた心
 夢も希望も両親(おや)さえもなくした

 たたずむ私に
 小さな瞳が笑う
 小さな手をひろげて
 大空をつかむかのように

 そうよ小さな
 あなたを抱きしめて
 生きて来たのよ
 生きることを教えてくれた

 月日は流れる
 同じあやまち何度も
 繰り返さないように
 見守っていてほしいの

*いつも心に
 愛だけを抱きしめ
 生きてきたのよ
 生きることを教えてくれた

* REPEAT


藤圭子 生きることを教えてくれた

この歌詞で「夢も希望も両親(おや)さえもなくした」というフレーズは、1990年頃に母親と絶縁したことを指していると考えられます。父親とはその前から絶縁していたのでしょう。

1988年に藤圭子は、母親がギャラを着服していたこと、母の目が実際には見えていたことを知り、歌手になったことも含めて長年母のために尽くしてきたことが裏切られたことを知って、精神的にひどい危機状態に陥っています。一時は精神科病棟に強制入院されていたこともありました。

母親に裏切られたと知った藤圭子は、この歌詞の通り、生きる希望を無くし、死ぬことさえも考えたのでしょう。そうした危機を救ってくれたのが当時5歳だったヒカルの存在です。藤圭子はヒカルのために生きることで、生きる希望を得られたのだと解釈できます。

「月日は流れる 同じあやまち何度も 繰り返さないように 見守っていてほしいの」という歌詞は、藤圭子と照實氏が夫婦喧嘩の末に離婚してしまうことを、当時10歳のヒカルに止めてほしいという意味のようです。

大下英治著の「悲しき歌姫」には、ヒカルが3歳の時に藤圭子が離婚届を出す段になって、ヒカルから「パパとお母さん、別れちゃ、イヤだ」と言われて離婚を思いとどまったというエピソードがあります。

藤圭子と照實氏は離婚届を出さなかったものも含めて13回も離婚や、離婚の危機がありました。藤圭子からそうした何度も離婚になりそうな時にヒカルに止める役をやってほしいというのは、ヒカルにとっては迷惑以外のなにものでもなかったでしょう。

このアルバムには藤圭子 作詞・作曲の「やり直せる人生」という曲もあります。その1番の歌詞は次のようになっています。

 私達の人生
 やり直せる人生
 歌おう
 笑おう
 悩んだ後は
 もう一度爽やかに
 もう一度穏やかに
 まだやり直せる人生

この歌詞は、何度もあったという離婚騒動を題材にして、そこからの立ち直りをテーマとしていると受け取れます。

アルバム「STAR」には、このようにプライベートで藤圭子、照實氏、ヒカルについて実際にあったことや希望を描写した曲が多くあります。