藤圭子は「紅とんぼ」をどう歌ったか

ちあきなおみは1992年を最後に活動を休止しています。その4年前に発表したのが「紅とんぼ」です。この曲はNHKの歌謡パレード’88のオリジナルソングとして毎週放送され、好評を受けてシングル化されました。作詞は吉田旺、作曲は船村徹です。この曲はオリコンチャートで100位以内を24週維持するロングセラーとなりました。藤圭子はこの曲をカバーしています。まずはじめにちあきなおみの歌唱を聴いてみましょう。 


ちあきなおみ 紅とんぼ

店じまいするさびしさや哀感が、ちあきなおみのささやくような歌唱によって十二分に表現されています。この曲は女性らしい繊細さが要求されますが、ちあきなおみの歌唱はそれに見事に応えています。

次に藤圭子の歌唱を聴いてみましょう。このステージは1997年に放送されたNHK ふたりのビッグショーで八代亜紀と共演したときのもので、ワンコーラスづつ歌っています。 


藤圭子 紅とんぼ

藤圭子は歌う前にかなり緊張しているようです。どうでしょうか、ちあきなおみと比較して店じまいする女性の哀感が十分表現されているでしょうか。両者を聴き比べればちあきなおみの歌唱が表現力に優れていることは明白です。ちあきなおみと比較すれば藤圭子の歌唱は繊細さに欠けています。それに ♪楽しかったわ のところで音程がずれているようです。

この曲がどういう経緯で選曲されたのか分かりませんが、藤圭子にとって最も苦手とする曲のひとつであることは明らかです。藤圭子の声質は太くて力感があるため、この曲のように細やかさを表現することは不得手でした。

この曲はささやくように話しかけるように歌うことで情感を表現することができますが、藤圭子の歌唱はそれとは違って硬い印象を受けます。出だしのフレーズなどはこの曲にしては乱暴な感じがありますし、♪いろいろお世話になりました や ♪想いだしてね 時々は のフレーズなどは、繊細さよりも逆に藤圭子本来の力強さを感じさせます。

この曲は演歌調で暗い曲なので藤圭子は地声で歌いましたが、この曲では女性らしいやさしさが要求されるので地声ではなく、声色で歌ったほうがよかったかもしれません。

八代亜紀は藤圭子と同じくハスキーな声質ですが、その声には藤圭子ような力感はなく、繊細さを表現することができました。八代亜紀の歌唱も藤圭子と比較してより細やかにやさしく歌えています。

藤圭子がデビューする前に各レコード会社のオーディションに落ちた理由の一つに、細やかさが足りない、というものがありました。こればかりは藤圭子の持って生まれた声質のためなので直しようがなかったのでしょう。

藤圭子はカバー曲がうまいと言われることが多いのですが、男歌は別として女歌でオリジナルよりもうまいとは言えない曲が少なくありません。その大きな理由のひとつにやさしさや繊細さを表現しにくい声質の制約がありました。