藤圭子を苦しめた境界性パーソナリティ障害とは

藤圭子が境界性パーソナリティ障害、それも高機能型の境界性パーソナリティ障害を患っていたのではないかということは こちらの記事 で明らかにしました。今回は境界性パーソナリティ障害とは何かについて説明します。その前にパーソナリティ障害について説明することにします。

パーソナリティ障害とは、認知(物事の受け止め方)・行動特性に著しい偏りがあることをいいます。従来からその特性は、一般的な特性(平均値)からの違いが著しく、一般の人々との間に本質的な違いはないが、程度の差が特に大きいという性質のものだと理解されています。

パーソナリティ障害には精神疾患の診断基準であるDSM-5によれば10種類あります。境界性パーソナリティ障害はそのうちのひとつです。DSM-5での境界性パーソナリティ障害の簡略化された診断基準を次に示します。

 1. 見捨てられる体験を避けようとするなりふり構わぬ懸命の努力。
 2. 理想化とこき下ろしとの両極端を揺れ動く不安定な対人関係。
 3. 同一性の障害(自己像や自己感覚の不安定さ)。
 4. 衝動性によって自己を傷つける可能性のある、浪費・薬物常用といった行動。
 5. 自殺の脅かし、自傷行為の繰り返し。
 6. 著明な感情的な不安定さ。
 7. 慢性的な空虚感、退屈。
 8. 不適切で激しい怒り。
 9. 一過性の妄想もしくは重症の解離症状。

これらの診断基準のうち、5つ以上が当てはまれば、境界性パーソナリティ障害の条件を満たすことになります。境界性パーソナリティ障害の有病率は米国のデータでは2%、精神科外来患者の11%、入院患者の19%が基準に該当するとされています。若い人に多く、男女比では1対3で女性が多くなっています。自殺完遂率は10%に達し、これは統合失調症の自殺率と同レベルです。ちなみに自殺が多いとされているうつ病の自殺率は3%にとどまります。

境界性パーソナリティ障害を扱った学術論文でも言及されていることですが、ほぼ例外なく患者が男性なら美男、女性なら美女という特徴があるといいます。境界性パーソナリティ障害は、親密な人間関係で問題が生じる疾患なので、異性を誘惑しやすい魅力的な顔貌を備えている人に特に発症しやすいのかもしれません。

パーソナリティ障害は性格の歪みではありません。パーソナリティ障害はあるきっかけで ”発症” するものです。境界性パーソナリティ障害の場合は、親密な関係にある人との間で症状が起きます。藤圭子と親密な関係にあった人たちが語ったことから境界性パーソナリティ障害の診断基準に当てはまりそうな言動を挙げてみます。

照實氏がはじめて藤圭子にあった時を、『出会った頃から彼女には感情の不安定さが見受けられましたが、心を病んでいるというよりも、類い稀な「気まぐれ」な人としか受け止めていませんでした』と語っていますが、これは診断基準の 6 に該当する可能性があります。

同じく次のようにも照實氏は述べています。『この感情の変化がより著しくなり始めたのは宇多田光が5歳くらいのことです。自分の母親、故竹山澄子氏、に対しても、攻撃的な発言や行動が見られるようになり、光と僕もいつの間にか彼女にとって攻撃の対象となっていきました』。これは診断基準の 8 に該当します。これには2000年からスポニチの圭子番記者となった阿部公輔氏の次のエピソードも該当する可能性があります。2013年10月3日のアサ芸プラスから引用します。

「待ち合わせ場所にはこだわらず、マクドナルドとかバーガーキングでいいと言う。ただし、いつも『今すぐ来て!』でしたから。お店では早く座ってもらおうと席を探すと『何やってんの!』と店中に聞こえる声で怒鳴られる。これでは一緒に住んでいる身内は大変だろうなと思いました」

1988年に藤圭子は、絶縁していた父親から、母親がかつてギャラを着服していたと聞かされており、精神的に危機的状態となって強制入院させられています。同時にこの時期には、母親から毒を盛られるという妄想も生じています。これは診断基準の 9 に該当する可能性があります。詳しくは こちらの記事 を参照してください。

同じく宇多田ヒカルのコメントに『現実と妄想の区別が曖昧になり、彼女は自身の感情や行動のコントロールを失っていきました』とあり、これも 9 に該当する可能性があります。

ヒカルが子供時代について語った言葉に次があります。『光は天使だ、と言われたり、悪魔の子だ、私の子じゃない、と言われたり、色々大変なこともあったけど』。これは診断基準の 2 に該当する可能性があります。藤圭子が『天使』と『悪魔』という言葉を使ったのは、藤圭子がカトリックを信仰をしていたためだと考えられます。詳しくは こちらの記事 を参照してください。また藤圭子が照實氏との間で7回に及ぶ結婚・離婚を繰り返したことは、同じく診断基準の 2 に該当する可能性があります。

藤圭子は、2002年頃から世界中のカジノで豪遊し、5年間に渡って5億円を使ったと述べています。これは診断基準の 4 に該当する可能性があります。

これらのエピソードを総合すると、DSM-5の9個の診断基準中5個が該当する可能性があり、境界性パーソナリティ障害に診断基準を満たします。ただし、これらのエピソードは同じ時期に関したものではありません。それに境界性パーソナリティ障害に特徴的とされる 診断基準の 1 に該当する見捨てられ不安に関するエピソードが見当たらないので断定することはできません。

とはいえ、照實氏が語った『感情の変化が頻繁なので、数分後にはいつも、「ゴメン、また迷惑かけちゃったね」と自分から反省する日々が長い間続きました』というエピソードは、境界性パーソナリティ障害に特徴的な言動です。こうした言動は統合失調症や双極性障害ではあり得ません。それらでは激昂が治っても自分から反省して謝罪することなどあり得ないからです。

そのうえで、藤圭子の場合、リストカットなどの自傷行為や大量服薬などの自殺企図が目立たない、家族など親密な関係の人との間でしか症状が起きず、仕事などにはほとんど影響がでなかったという特徴があります。

以上のことから、藤圭子の心の病に最も当てはまりそうな精神疾患は、自傷行為や自殺企図が目立たない高機能型の境界性パーソナリティ障害だと思われます。

照實氏によれば、藤圭子の感情の変化が激しくなり始めたのが1988年ということになりますが、その時、藤圭子は37歳頃です。境界性パーソナリティ障害の初発年齢としてはかなり遅い年齢です。実際には歌手を引退して沢木耕太郎と一緒に暮らす夢が裏切られた1980年、29歳頃まで最低でもさかのぼるのではないかと思います。詳しくは こちらの記事 を参照してください。その時から1988年まではあまり症状が目立たなかっただけのようです。