いちばん親しい22人が語る藤圭子のもうひとつの顔

1970年8月発行の明星に掲載された記事 ”いちばん親しい22人が語る藤圭子のもうひとつの顔” から抜粋して掲載します。

 

にくいほど手のかからん子じゃった 祖母 竹山ヨキさん

 とにかく小さいときからしっかりした子でしたのう。
 純子(圭子の本名 阿部純子)の母が、よく夫婦ゲンカをして札幌の私のところへやってくることがあったけれど、そんなときいつもあの子がついて来たもんじゃった。
 母親がカッカしていても、涙ひとつこぼすわけじゃなく、自分の孫ながら頼もしいと思いましたわ。
 まあ、犬も食わない夫婦ゲンカのことじゃから、1日か2日もすれば旭川へ帰って行くんじゃが、純子は自分の帰りじたくはさっさとしてしまって、「おかあちゃん、忘れ物ない?」なんて、反対に母親の世話を焼いておったほどじゃ。ほんとににくらしいほど手間がかからない子じゃった。
 といっても、ヘンにこまっしゃくれたところがなく、無邪気でとってもかわいいんじゃ。
 そうそう、いちど純子が見えなくなって大騒ぎしたことがありました。
 あの子は人なつっこいもんじゃから、うちの前の川っぷちであそんでいるうちに、どこかの子と友だちになってついていっちゃったんじゃね。そのうちに警察から電話があって、保護しているから引き取りに来いって …… ヤレヤレと思いましたわ。
 純子が世話をやかせたといえば、そのときぐらいですなあ。

 

小学校6年までオッパイを吸っていました 母 阿部澄子さん

 あの子がおなかにいるときは、とても大きくて、心臓の音も強く、お産婆さんが「ぜったい男の子」と言っていたくらいなんです。
 生まれてからもしっかりしていて、知恵のつくのも早かったですね。8ヶ月でもうちゃんとオシッコを教えたんですよ。
 それでいながらひどくあまったれでしてね。これを言うとあの子におこられるんですが、小学校6年ごろまで、私のオッパイを吸っていました。
 学校から帰ってくると、すうっと私の後ろにまわってきて、あまえ声を出しながら、私のフトコロヘ手をすべりこませるんです。
 ところが、それをある日、姉のふみえが見つけまして、「お友だちみんなに言いふらしてやるわ」なんてひやかしたもんですから、純子は真っ赤になってしまいましてね。
「言わないで」「言っちゃう」って、ふたりで家の中を追っかけっこするやら、たいへんな騒ぎをしたのを覚えていますよ。
 私が目が不自由になってからは、あの子がツエがわりになってくれました。ずいぶんつらいことが多かったでしょうに、グチひとつ言わないで ……。
 あの子の歌を聞いていると、よくここまでがんばってくれたと、いつも思わず涙ぐんでしまいます。

 

キセルでなぐっても泣かない子だった 父 阿部壮さん

 私は子どもにはきびしいほうでしてね。いたずらなんかすると、ようしゃなくなぐりつけたものです。
 それなのに純子ばかりは、あまりしかりつけた記憶がないんです。それだけおとなし子こだったんでしょうな。
 たったいちどだけ、なにかのことで私が腹を立てて、あの子の手をキセルでぴしっとやったことがあります。
 ところが純子は、なぐられても泣かないんですな。ただ大きな目でじっと私を見つめているんです。ガマン強いのか、強情なのか ……。
 あんまり見つめられると、おこったこっちのほうが目のやり場がなくなって、困ってしまったもんです。
 まあ、そういう子でしたな、小さいころは……。

 

カチカチの優等生でした 神居中学の先生 堤尚美さん

 たいへん成績のいい子でクラスの副委員長をずっとやっていました。学級会でも積極的に発言していたようです。
 学校では原則としてアルバイトをみとめないのですが、阿部クンは「私が歌わないと家で困るんです」と、はっきり言って許可を求めてきました。
 しかしふだんは、ハデな面を少しも見せない、つつましい態度でした。
 2年のとき、弁論大会に出て、「困難に打ち勝とう」という題で優勝しました。やはり自分自身が困難にうち勝ってきたから迫力があったんでしょうね。

 

買い物はお母さんの好物ばかり スーパーのおばさん 高橋ゆり子さん

 うちの店は純ちゃんの家のすぐ近所で、夏休みや冬休みには、アルバイトに店を手伝ってもらったんですよ。
 いつもハナ歌を歌ってる明るい子でね、配達なんか頼むと、どんな重いものでも平気で引き受けてくれました。
 アルバイト料は1日300円なんですが、そのお金で帰りにはおかあさんの好きなおさしみなんかを買っていきましたね。自分は1円だって使おうとはしないんです。

 

作詞にも才能がありますね スカウトした作曲家 八洲秀章さん

 42年の2月に、北海道岩見沢の雪祭りに出かけて、そこで藤クンに会ったんです。
 ちょうど東京の歌手が来られなくなって、当時中学3年だった彼女が急遽かわりに起用されたんですな。ところがその出来がすばらしく、なんどもアンコールがかかったほどです。
 それで、私が東京に出てくるようにすすめたわけです。
 これはあまり知られていないのですが、上京後、デビューする前に、彼女が島純子という名まえでソノ・シートを吹き込んだことがあるんです。彼女自身が作詞して、私が作曲した「男の仁義」という歌ですが、この歌詞は構成もしっかりしていて、ほとんど手を入れる必要がなかったほどです。
 作詞というのは、彼女のかくれた才能のひとつでしょうな。

 

よくぶんなぐったものですよ 藤プロ専務 沢の井竜二さん

 彼女をぼくの手もとに引きとってからデビューするまで、ずいぶんとシゴいたもんだ。
 ぼくはいささか女をバカにする傾向があるんで、曲のことで意見がぶつかったりすると、ついぶんなぐっちゃうんだな。彼女はワンワン泣きながら出て行っちゃう。でも、朝になってみるとちゃんと帰って寝ているんだな。オレも変わっているけど、彼女もそうとうなもんだよ。

 

アレンジにすぐ文句をつけるんだ ディレクター 榎本襄さん

 彼女の最初のレコーディングのときはおかしかったなあ。テストをはじめようとすると「恥ずかしいからスタジオの電気を消して」って言うんだよ。
 そのくせ、ヘンにず太いところがあって、一流の先生の編曲を「このアレンジ気にいらないわ」なんて平気で言う。それがぜんぜん憎めないんだなあ。
 それでぼくも笑いながら「君もイチニンマエの口をきくね」って言うと、いきなり蹴とばされました。ぼくも長いことこの商売やってるけど、デビュー前の新人に蹴とばされたのは、あのときだけですねえ。

じゅんペイは私のお母さんの水着で泳いでいたわ "流し” の友だち 坂井寿子さん

 3年前のもう冬に近いころ…11月だったと思うけどアタシが錦糸町であそんでいると、よれよれの夏服を着た女の子の流しに会ったの。アタシ、思わず「なんでそんなきたないカッコウしてんのよ」って声をかけたら、「カッコウなんてどうでもいいじゃない」ってその子ヘッチャラなのよ。それがジュンペイ(圭子のこと)だったわけ。
 それ以来、アタシたちすっかり仲よくなっちゃってしょっちゅういっしょにいたわ。ジュンペイがノド痛めて声が出なくなったとき、アタシがかわりに歌ったこともあったな。アタシのほうがチップが多いもんだから、あの子すっかりムクレちゃったりしてね……。
 あの子ったら、着がえをろくに持ってないで、仕事から帰ると、着てるもの全部ぬいで洗たく機に入れちゃうの。それもいいけど、スリップからぬいぐるみの人形までいっしょに放りこんじゃうんだもの、あきれちゃった。
 ふたりでゴーゴーに行ったり、プールへ泳ぎに行ったりもしたわ。だけどジュンペイは水着がないもんだから、アタシの母の水着を借りて行くの。それがダブダブでとても見られたもんじゃないんだけど、ジュンペイは堂どうとプール・サイドを歩くんだもん、アタシのほうが恥ずかしくて逃げ出したくなっちゃった。

 

きたないカッコウだったぜ…… TVディレクター 千秋与四夫さん

去年の8月、デビュー前の藤クンがフジTVに売り込みに来たことがあるんだ。これがきたないカッコウでね。これが女の子かと思ったよ。しかも、部屋にはいってくるなり、人がたくさんいるのに「私の歌を聞いてください」って、いきなり歌いだしたんだ。それが「新宿の女」さ。まわりの連中はびっくりしたけど、まあ、あれくらいの根性の持ち主だからりっぱなスターになれたんだなあ。

 

酔っぱらったボクといっしょに歌ってくれたね 大ファン・まんが家 赤塚不二夫

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赤塚不二夫と藤圭子

ぼくはケイコちゃんの先生の沢ノ井さんと友だちで、デビュー前から彼女を知っているのだ。ぼくも家がひどい貧乏で境遇がよく似ているのだ。
 去年の暮、ぼくはある忘年会ですっかり酔っぱらって、彼女に「すぐ出てこい」なんて電話したのだ。そしたら、いやな顔もしないで飛んできて、いっしょに「新宿の女」を歌ってくれたのだ。マンガ家多しといえども藤圭子といっしょに歌ったのはぼくだけだぞ、ニャロメ!
 以来ますますぼくは藤圭子の大ファンになったのだ。

 

歌手をやめる話ばかりしているよ 心の友だち 前川清さん

 会社(RCAレコード)が同じせいで、ショーなどにはお互いに花束を送ったりする機会が多く、仲よくなりました。ぼくより年下ですが、話し方はすっかりオトナって感じですね。
 ボクとしては、いまでは芸能界で心を打ちわって話せるただひとりの歌手といっていいくらいです。
 困ることは、彼女としゃべっていると「歌手なんてしんどい商売早くやめたいね」というような話についなっちゃうことです。それだけ気がおけないということなんでしょうが……。

 

オヘソを出したまま人前に出ないでね 姉 内藤富美恵さん

 今年の3月にとつぎましたがよく純子の部屋に行っては世話をやいています。あの子はなりふりあまりかまいませんが、それだけでなく人前で平気で着がえたり、男の記者のかたが見えたときオヘソを出したまま出ていったりするので困ります。
 これからはそういう社会人としての常識をもっと身につけ、それから健康に注意して、立派な歌手になってほしい。それが姉としての私の願いです。