宇多田ヒカル『Letters』での『君』や『あなた』は 母・藤圭子

宇多田ヒカルには母・藤圭子との関係をテーマにした曲が多くあることはよく知られています。2016年に発表したアルバム『Fantôme』は亡くなった母へ捧げたアルバムですから、藤圭子に関わりのある曲が多いのは当然ですし、シングル『嵐の女神』には歌詞で「お母さん」と呼びかけています。

ファーストアルバムには見られなかったこうした曲が表れるようになるのは2枚目のアルバムからです。一見普通の男女関係がテーマのように見えて、実は幼少からの母との関係を描写したものが数多くあります。

中でも2002年発表の3枚目のアルバムに収められた『Letters』は、その歌詞が明らかに宇多田ヒカルが幼い頃の母・藤圭子との関係をうかがわせる内容となっています。

宇多田ヒカルの『Letters』での『君』や『あなた』とは 母・藤圭子のことなのです。

 両手に空を 胸に嵐を
 君にお別れを
 この海辺に残されていたのは
 いつも置き手紙
 夢の中でも 電話越しでも
 声を聞きたいよ
 言葉交わすのが苦手な君は
 いつも置き手紙

大下英治著『悲しき歌姫』には次のようにあります。

藤圭子の育ての親、作詞家の石坂まさをが証言する。
「光ちゃんがもう少し大きくなってからだけど、圭子が地方公演で家を留守にするとあの子がひどく寂しがって、お母さんがいないと寂しい、と手紙を書いてよこすらしいんだ。ママのことが大好きで甘えたくてたまらないんだな。だから、藤圭子が地方に出かけるときは泊まっても一泊まで。強行スケジュールで無理をしてでも帰るようにしていたね」

 花に名前を 星に願いを
 私にあなたを
 この窓辺に飾られていたのは
 いつも置き手紙
 少しだけでも
 シャツの上でも
 君に触れたいよ
 憶えている最後の一行は
 「必ず帰るよ」

1999年刊行の石坂まさを著『宇多田ヒカル 母娘(おやこ)物語』で、藤圭子が、ヒカルがいかに歌の天才であるかを売り込みに訪れた場面を、石坂まさをはこう書いています。

… 純ちゃんはヒカルちゃんに目を向けさせたいと僕に一枚の便箋を取り出し、
「これヒカルからの手紙なのよ」
と言って見せた。便箋の中には、
「ママ、どうしておしごとにいくの、ひかるさびしいの」
とたどたどしいヒカルちゃんの字が、二行だけ淋しく泣いていた。

 安らぐ場所を 夢に続きを
 君に「おかえり」を
 この世界のどこかから私も
 送り続けるよ
 夢の中でも 電話越しでも
 声を聞きたいよ
 言葉交わすのが苦手なら
 今度急にいなくなる時は
 何もいらないよ

1999年4月20日号の週刊女性に、ヒカルが幼い頃の藤圭子について石坂まさをが次にように語っています。

「当時、テレビで共演したときに、番組が終わるやいなや、帰り支度を始めるんですよ。 ”ヒカルが待ってんのよ” って」

藤圭子がヒカルを愛情を持って育てようとしていたことは明らかです。おそらく仕事で一泊するような時は、ヒカルに前もって話すのではなく、置き手紙にしていたのでしょう。どうして前もって話しておかないのかといえば、いなくなると話すとヒカルが泣き出してしまい、そのことで自分がつらくなるからだと思われます。

藤圭子が幼いヒカルの泣く姿を見たくなかったというエピソードはヒカル自身が2009年の自著『点-ten-』で書いています。ヒカルが5、6歳の頃にゲームで負けたり、ピアノがうまく弾けなかったりで悔しくて泣くと、なぜか藤圭子までが泣いて、泣くなと責められたので泣けなくなったといいます。


宇多田ヒカル - Letters

藤圭子は幼いヒカルと自分とを同一視してしまう場合があったのだと思います。藤圭子は泣いている幼いヒカルの姿を見て、過去に機能不全家族で幼い自分が父親から理由なく日常的に殴られて泣いていた姿を見てしまい、つらくなるのでしょう。ですから泣く姿を見ないで済むように置き手紙にしたのだと思われます。ですが幼いヒカルにとっては前もって話してもらったほうがいいはずです。