藤圭子の暗黒エネルギー

このブログの最終的な目的は、藤圭子がなぜあのような悲劇的な最後を遂げなければならなかったのか。その理由を解明することです。

宇多田ヒカルが 「母がこのことを知ったら殺されるかもしれません」 とツイートした理由とは

2010年10月13日のシネマトゥデイは、宇多田ヒカルTwitterを始めたことを報じています。

同記事によれば、海外からのフォロワーからカラオケでの十八番を聞かれて次のようにツイートしています。なお、ツイートはすべて英語で行われています。

カラオケでよく歌うのは、ディズニーの歌や演歌(日本のブルース)、シャンソンですね。

宇多田ヒカルがカラオケで演歌を歌うとは意外な感じがしますが、私は聞きたいとはまったく思いません。

外国ではヒカルの家族があまり知られていないことに関して、次のようにツイートしています。

あまり知られていないでしょうけど、わたしの母は演歌歌手なんです。パフォーマーとして尊敬しますし、娘から見ても美しいです!

母の『面影平野』や美空ひばりの歌はよく歌います。でも、母がこのことを知ったら、殺されるかもしれませんね。

演歌はすごく特殊な形式で、歌詞は暗いものが多いのです。そして、母はそのことがわたしの歌や人生に影響するのではないかと不安に思っているので……

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2010年12月 一時引退直前のステージ

母がこのことを知ったら殺されるかもしれない、とはオーバーな表現ですね。

2013年8月29日、J-CASTサイトに掲載された記事によれば、同年春頃、藤圭子が「救いのない歌詞を長年歌っていると何だか人生救いが無くなる」と言っていたと、照實氏がツイートしていたといいます。

藤圭子は、自分がデビューした当時から歌っていた ”演歌” を長く歌うことで、気分が沈むようになるということを言いたかったのでしょう。そしてその気分が沈む演歌を、娘のヒカルが歌うことを強く禁止していたのだと思います。

その表現が ”母がこのことを知ったら殺されるかもしれない” ということなのでしょう。それは分かる気がします。藤圭子が一旦怒ると、その怒りは半端ないですから。ええ。

そもそも、藤圭子は阿部家一家の生活を支えるために、仕事で否応なく好きでもない ”演歌を歌わされて” いたわけで、藤圭子にとって演歌は、否定してしまいたい音楽だったのでしょう。ですが、演歌を歌うことで大物歌手としてのアイデンティティを得ることができたこともまた否定できない事実であり、そこには当然葛藤もあったと思います。

デビュー当初は大人気を博しますが、それは1年しか持ちませんでした。不本意に終わった自らの歌手人生を娘に託してやり直そうと考えたのでしょう。

娘のヒカルには演歌ではなく、藤圭子が好んだロックで米国デビューさせようとしています。結果としてロックではなくR&Bを歌い、ロケーションも初めは日本国内でしたが。

宇多田ヒカルが天才歌手として皆から認められ、大スターになることは、藤圭子の十年来の夢でしたから、その夢が叶うことが自らの歌手活動を ”封印” せざるを得なくなることになってしまうとは、藤圭子にとってはまったく想定外のことだったのだと思います。