藤圭子の暗黒エネルギー

このブログの最終的な目的は、藤圭子がなぜあのような悲劇的な最後を遂げなければならなかったのか。その理由を解明することです。

藤圭子がみずから選曲したベストアルバム「マイ・セレクション 藤圭子」とは

アルバム「マイ・セレクション 藤圭子」は1978年に発売されたベストアルバムです。「マイ・セレクション」とあるように、藤圭子が自ら選曲した曲で構成されています。他の歌手のこうしたコンセプトのアルバムと同様にこのアルバムも、A面は自分の好みよりは「売れた曲」を基準として選ばれており、B面で本来の自分の好みを基準として選曲されています。

マイ・セレクション 藤圭子

「マイ・セレクション 藤圭子」のアルバムジャケット

A面で選ばれている曲は演奏順に次の通りです。

 新宿の女
 女のブルース
 圭子の夢は夜ひらく
 京都から博多まで
 別れの旅
 明日から私は
 はしご酒
 みちのく小唄

このうち「新宿の女」から「別れの旅」までは誰が見ても妥当だと思うでしょうが、「明日から私は」と「みちのく小唄」がA面に入っているのは意外な感じがするのではないでしょうか。

売上枚数が10万枚以上の曲の一覧を次に示します。売上枚数はレコード会社発表ではなく、実売枚数です。このうち赤字の曲がA面に入っている曲です。

売上枚数10万枚以上の曲

この表を見て気づくのが、50万枚近くも売上があった「命預けます」や、20万枚以上だった「女は恋に生きてゆく」がA面に含まれていないことです。これらの曲は人気が下り坂に差し掛かったときの曲なので、選ばれなかったのだろうと思われます。

そのかわりに10万枚程度と特に人気があったとはいえなかった「明日から私は」と「みちのく小唄」が選ばれています。

「明日から私は」は、1976年のNHK「ビッグショー」や1978年のフジテレビ「夜のヒットスタジオ」、1979年の引退公演でも歌っているので、藤圭子が好きだった曲なのでしょう。歌詞は別れた男性への思いを断ち切って一人で生きて行こうとする女性を描いており、何やら藤圭子石坂まさをとのうまくいかなくなった師弟関係を連想させます。

「みちのく小唄」は東北地方のご当地ソングで、明るいその曲調は同じくA面に入っている「はしご酒」とよく似ています。売上枚数は11万枚とかろうじて10万枚以上となっていますが、「はしご酒」と同様にこの2曲に関してはA面ですが、売上枚数よりは藤圭子の好みを優先して選んだものと思われます。

純粋に藤圭子が好んだ曲が入っているB面の曲は演奏順に次の通りです。

 女の宿
 女だから
 雪のブルース
 おんな道
 うしろ姿
 あなたのブルース
 浪曲子守唄
 涙の酒

シングルの持ち歌は1曲しか含まれておらず、それもまったく人気がなかった曲です。カバー曲がほとんどなので、この選曲は本当に藤圭子が好きだった曲なのだと思われます。大方の藤圭子ファンにとっては、意外な選曲になっていると思います。ファンが好む曲と歌手本人が好む曲との間には大きな齟齬のあるのが普通ですから。

「女の宿」は1964年に大下八郎が歌って大ヒットした「おんなの宿」のカバーです。この曲は1972年、1973年、1974年、1976年と、それまでに4枚のLPに収録されています。歌詞は、不倫関係にある男性と伊豆の宿で最後の一夜をともにする女性の哀感を描いており、「もえて火となれ 灰となれ 添えぬ恋なら さだめなら」という激情を漂わせる歌詞は、いかにも藤圭子が好みそうです。


藤圭子♥おんなの宿

「女だから」は1976年4月発売のシングルです。この曲はオリコン最高99位で4,000枚しか売れませんでした。歌詞は、男性に愛されたいと願いながらいつも裏切られ、それでも別れられない女性の苦悩を描いており、なんとなく藤圭子自身をイメージさせます。1974年以降のオリジナル曲では珍しい歌謡曲系の曲で、サビの部分で大きく歌い上げる構成となっています。


女だから★藤 圭子

「雪のブルース」は1973年のオリジナル曲で作詞は石坂まさをです。1973年、1974年、1976年のLPに収録されています。藤圭子は1977年のデビュー7周年リサイタルで「雪のブルース」を好きな曲と言っています。3年余り前にyoutubeにアップされてから7,000回しか視聴されていません。この曲には感情移入されることを拒否する壁のようなものがあるので、この曲に感情移入することは難しいでしょう。この曲で表現されているのは、生きていても仕方がないという空虚感であり、基本的安心感が持てている人にはおよそ想像し難い世界です。様々な情報をもとにすると、藤圭子は当時から常に空虚感を抱えていたように思います。


雪のブルース★藤 圭子

「おんな道」は1970年に作曲家の浜圭介が作詞、作曲し浜真二の芸名で歌った曲です。1973年、1976年、1977年のLPに収録されています。その歌詞では、親に見捨てられた不幸な生い立ちの女性の、夜の世界で生きていく辛さ、恨み、虚しさが描かれており、およそ希望のかけらも見えない暗い歌詞ですが、最後に「強く生きよう 女の道を」で締めくくられています。この曲は藤圭子自身というよりは、夜の世界で働く女性たちへの共感から選曲したのではないかと思われます。


おんな道★藤 圭子

「うしろ姿」は1969年の矢吹健のカバーです。1973年、1976年、1977年のLPに収録されています。藤圭子は同じ矢吹健の「あなたのブルース」も選んでいます。どちらも激唱型の歌唱が特徴的だった矢吹健の曲を藤圭子が好んでいたことが分かります。この曲は暗い曲調でありつつ、サビで力強く歌い上げる点が特徴で、藤圭子の声質の特徴である暗さとエネルギー感が最もよく生かされる曲であるといえます。藤圭子はこういったシャウトするような曲を歌いたかったのでしょうが、彼女の持ち歌にこうした傾向の曲は残念ながら見当たりません。


藤圭子♥うしろ姿

「あなたのブルース」は1968年に大ヒットした矢吹健のカバーです。1974年のLPに収録されています。藤圭子は1993年の「日高晤郎のスーパーサンデー」で「北国流れ旅」が好きな曲でステージでは必ず歌うことにしていると話しています。「北国流れ旅」は1987年のシングル「新宿挽歌」のB面の曲で、朗々と大きなスケールで力強く歌い上げる曲です。藤圭子の周りには彼女の持ち味を理解できる人がいませんでした。

石坂まさをは著書「きずな」で「純子の歌声のなかには、言いようのない怨念を引きずって生きている人間の哀しみや暗さがある」と書いていますが、それは藤圭子の特質の片面でしかありません。もう片面には驚くほど強烈なパワーがありました。残念なことに石坂まさをにはそれが見えていなかったのです。

結局、藤圭子のアピールポイントを正しく理解していたのは、デビュー前に藤圭子キングレコードのオーディションに合格させた渡邊正次郎だけだったことになります。


藤圭子♥あなたのブルース

浪曲子守唄」は1964年に大ヒットした一節太郎のカバー曲です。1974年、1976年のLPに収録されています。自身のルーツとも言える浪曲ですが、その歌詞では、子供時代に辛い目にあわされた父親とは対極の子供思いの父親像が描かれています。こうであって欲しかった藤圭子の願望が反映されているのでしょう。


藤圭子♥浪曲子守唄

「涙の酒」は1964年に大木伸夫が歌った曲のカバーです。1977年のLPに収録されています。兄の藤三郎が好きな曲でその影響で藤圭子も好きになったといいます。「涙の酒」は他の多くの歌手にもカバーされています。サビの部分で思い切り歌い上げるその歌唱が、藤圭子がこの曲を好んだ理由のひとつだと思います。


藤圭子 涙の酒 アルバムバージョン