竹山澄子と藤圭子

母の目を治すために歯を食いしばって仕事をした藤圭子

藤圭子の母・竹山澄子さんの目の病気は網膜色素変性症でした。この病気は見える視野が徐々に狭くなり、ひどく悪化した場合は視力がまったく失われる人もいます。病気の進行には個人差があり、若いうちから見えなくなる人もいれば、80代になっても視力を保っ…

絶縁していた母・澄子さんと和解しようとした藤圭子

藤圭子は1990年に照實氏、ヒカルを連れて渡米した時点で、母親の竹山澄子さんと絶縁しています。大下英治著「悲しき歌姫」に、この頃に藤圭子と石坂まさを夫妻との間でかわされたやりとりが書かれています。川越プリンスホテルで「藤圭子ショー」をやるとい…

牧太郎 僕が封印した藤圭子さんの「母」と「川端康成」

牧太郎という人は1944年生まれで毎日新聞の専門編集委員を務めています。その牧太郎氏が毎日新聞の編集委員だった1996年に「高度成長と全共闘」の時代を「藤圭子の存在」を通じて描こうとして藤圭子に長時間のインタビューを行っています。 そのインタビュー…

藤圭子が母親の竹山澄子さんと絶縁した理由とは

藤圭子が母親の竹山澄子さんと絶縁した理由は、一般には金銭問題だったと言われていますが、具体的な理由についてはあまり知られていないようです。大下英治著「悲しき歌姫」には、1989年頃に藤圭子が石坂まさを夫妻と交わした会話としてその理由の一端が示…

本当は目が見えていた 藤圭子の母

藤圭子の母・竹山澄子さんの目が悪いことについて「悲しき歌姫」では次のような記述がなされています。 母・澄子の目が悪いのは生まれつきではなく、戦時中に軍需工場で交換手として働いていたとき目を痛めたせいである。のち純子が小学校の三年生になったこ…