藤圭子はなぜ石坂まさをを憎んだのか

2000年から藤圭子番となったスポニチの阿部公輔氏が2006年頃の藤圭子について話しています。2013年10月4日のアサ芸プラスから引用します。一方、圭子はデビュー当時のキャッチフレーズだった〈怨念〉を、何度となく言葉にしている。「この世で一番、憎んでい…

「とても人前に出られる状態ではありませんでした」 晩年の藤圭子

週刊現代 2013年9月7日号から抜粋して引用します。本誌はごく最近まで彼女と付き合いがあったという人物に話を聞いた。それは衝撃的な内容だった。 「実は彼女は一時、千葉県の療養施設に入っていました。お酒も相当飲んでいましたし、アメリカで暮らしてい…

デビュー後から約1年間は薄給で借金生活だった藤圭子

藤圭子の収入は歩合制ではなく月給制でした。大下英治著「悲しき歌姫」によれば、デビュー当初は2万円、翌年3月からは5万円、6月からは8万円、11月には50万円と昇給していったとあります。50万円は別として、それまでの藤圭子の月給は圧倒的な人気に見合わな…

過酷なスケジュールでダウンした藤圭子

藤圭子はデビュー翌年になると人気に火がつき、公演のスケジュールが過密化していきます。ワンマン・ショーでは1回で20数曲を歌うステージを1日に3回行い、それを1〜2ヶ月連続で公演するという過酷なものでした。肉体的な疲労が蓄積するうえに喉を痛め、かす…

ロックグループ『ジュテーム』のボーカルと同棲していた藤圭子

「流星ひとつ」で藤圭子は数年間男性と同棲していたと話しています。「流星ひとつ」から引用します。「3年間一緒だったというと……暮らしていたわけ?」「別々のときもあったけど、あとからは一緒に暮らしてた」「どこで?」「あたしの……」「マンションで? …

「私って、コード人間なんです」

週刊朝日1993年7月9日号に藤圭子を取材した記事が掲載されています。当時、藤圭子はヒカルや照實氏とともに2年間の米国滞在から日本に帰国した後でした。同記事から引用します。「圭子の夢は夜ひらく」が大ヒットしたのは今から23年前。大阪万博の年。18歳だ…

藤圭子 『みだれ髪』の秘密

藤圭子は1995年の「乾杯トークそんぐ」で『みだれ髪』を歌っています。このときの歌唱が素晴らしいと評判になり、You Tubeでの再生回数にもそれが反映されているようです。 今回は藤圭子が歌った『みだれ髪』がなぜそれほど聴く人を惹きつけるのか、その理由…

藤圭子がマスコミ各社を動員した2000年の離婚騒動

スポニチの初代圭子番記者である小西良太郎氏は、その著書『女達の流行歌(はやりうた)』で藤圭子を取り上げています。抜粋して引用します。「宇多田ヒカルショック、母藤圭子離婚決断!」 スポーツニッポン新聞がそんな大見出しを打ったのは、この年(2000…

食うや食わずの藤圭子が林家三平とすごした意外な過去

石坂まさをは作詞家時代の初期に初代林家三平の曲を作詞したことがあり、その縁でデビュー前の藤圭子は林家三平の家へたびたび通うようになります。1970年7月発行の週間明星がそのことを取り上げていますので抜粋して引用します。おととしの春、藤圭子を発掘…

50年ぶりの藤圭子 歌っていれば … 五木寛之

週刊新潮に『50年ぶりの藤圭子』というタイトルで五木寛之が記事を書いています。1970年に初めて彼女の歌を聴いたときの衝撃を書いた後、藤圭子が五木寛之が作詞した『旅の終わりに』という曲をカバーしていることを知り、早速その歌を聴いたことが書かれて…

藤圭子の思想 松田政男

藤圭子という存在に注目すべき評論を行っている記事がありましたので紹介します。タイトルは『藤圭子の思想』、著者は政治運動家で映画評論家の松田政男。1970年8月発行のサンデー毎日から掲載します。 演歌、艶歌、怨歌ーーーどう表記してみても、エンカは…

命つないだ100円のねじりんぼう

1971年2月から4月にかけて、月間平凡に「藤圭子 告白自叙伝」として藤圭子が自叙伝を書いています。その記事は子供も読むことを考慮しているのでしょうか、すべての漢字にふりがながつけられています。今回は同年2月に「命つないだ100円のねじりんぼう」のタ…

藤圭子の特質が最も活かされた「刃傷松の廊下」の歌唱

「刃傷松の廊下」は1961年にキングレコードの真山一郎が歌い大ヒットした歌謡浪曲です。歌謡浪曲というのは浪曲と歌謡曲が合体したもので洋楽器の伴奏で歌い、合間にセリフが入ります。真山一郎は歌謡浪曲の第一人者でした。 藤圭子は「流星ひとつ」で10歳か…

喉の手術で藤圭子の声はどのように変わったか

藤圭子は1974年5月に喉を手術しています。藤圭子は肥厚性声帯炎という歌手の職業病とでもいう疾患を患っていました。歌い続けると喉が炎症を起こし、声がかすれて歌えなくなってしまうのです。その原因とされた喉のポリープを切除する手術を受けたのですが、…

石坂まさをと藤圭子の奇妙な師弟関係

藤圭子は1968年の秋頃に石坂まさをと知り合い、住み込みでレッスンを受けるようになります。「流星ひとつ」で藤圭子は初めて石坂まさをと出会ったときの印象を、自分に似ていると話しています。石坂まさをの、世の中の辛酸をなめ尽くしたその雰囲気が自分と…

藤圭子はなぜヒカルと別居したのか

藤圭子は2002年にヒカルと別居状態となります。この記事では藤圭子がヒカルと別居することになった経緯を取り上げます。 ヒカルとの別居に至った原因 デビューしたヒカルの事務所の副社長だった藤圭子には年間1億円超のお金が入るようになりました。しばらく…

藤圭子はなぜ5年で5億も使うほどギャンブルに熱中したのか

藤圭子は2006年3月6日にケネディ国際空港で約42万ドル、日本円にしておよそ5000万円(当時)の現金を押収されています。そのことがメディアで流され、藤圭子の桁外れの金銭感覚が世間の知るところとなりました。 賭けマージャンに熱中した歌手時代 藤圭子は…

藤圭子に生きることを教えてくれた宇多田ヒカルの存在

藤圭子は1993年にU3名義でアルバム「STAR」をリリースしています。同アルバムは主に藤圭子に関するエピソードや思いを曲にしています。 アルバムタイトルになっている「STAR」という藤圭子 作詞、藤圭子・照實氏 作曲の曲の歌詞は次のようになっています。 …

足を引きずるようにしてスタジオに向かった藤圭子

藤圭子がデビューして人気が沸騰した頃の藤圭子のステージ出演前の様子を1970年6月発行のサンデー毎日が報道しています。抜粋して引用します。 NETテレビ局の化粧室ーーもちろん個室ではないーーロッカーが林立し、鏡台がせり合うようにあるその前で、藤圭子…

藤圭子は「紅とんぼ」をどう歌ったか

ちあきなおみは1992年を最後に活動を休止しています。その4年前に発表したのが「紅とんぼ」です。この曲はNHKの歌謡パレード’88のオリジナルソングとして毎週放送され、好評を受けてシングル化されました。作詞は吉田旺、作曲は船村徹です。この曲はオリコン…

浪曲師の父母との巡業の日々

幼少の頃の藤圭子について、1970年11月25日発行の女性セブンから抜粋して引用します。♪ やるぞみておれ 口には出さず 宙をにらみつけるようにして、純子はうたいつづけた。村祭りの神社の境内には、娯楽に飢えている近在のひとたちが集まり、満員だったが、…

流し時代の藤圭子に声をかけて知り合い、衣装担当となり相談相手ともなった女性

デビュー前後の一時期、藤圭子の相談相手になっていた女性がいます。藤圭子がデビューしてから彼女は衣装作りの担当となり、デビュー1年目近くになると作った衣装は20着にもなったといいます。 1970年7月発行の週刊平凡から抜粋して引用します。 11月の寒い…

ニューヨークで沢木耕太郎を待っていた藤圭子

アサヒ芸能 2013年10月31日号から抜粋して引用します。話している内容の時期は1980年の秋頃と思われます。 「私が『なぜ、ニューヨークに来たの?』と彼女に尋ねると、『実は、沢木耕太郎を待っています』と、答えたんです」本誌の直撃取材に、こう当時を振…

何がこわいといって、子供を生むぐらいこわいことないんです 藤圭子

1971年9月発行の週刊平凡で、藤圭子が木元教子のインタビューに答えています。藤圭子は同年8月2日に前川清と長崎県佐世保市で挙式を挙げたばかりです。記事のタイトルは『赤ちゃん生むのがこわいんです』。子供のことについて話した部分を引用します。 木元 …

40代で練習して上が1オクターブ、下が半オクターブ広がった藤圭子 『岸壁の母』を歌う

1997年5月発行の週刊読売で藤圭子が話しています。抜粋して引用します。 性格なんて変わる 本人を前にして 「どんな性格です?」 聞いてみた。 「そうねぇ・・・」 ちょっと困ったような顔をした。 「正直、自分の性格が分からない。変わってきているとは思…

石坂まさを「圭子の夢は夜ひらく」作詞のエピゾード

DVD「田原総一朗の遺言 ~藤圭子/ベ平連~」で、石坂まさをが「圭子の夢は夜ひらく」を作詞した時のエピゾードを、電話で田原総一朗に話しています。2011年末と思われる収録ですので、石坂まさをの体調はあまりよくないように聞こえます。「その時、僕、熱…

藤圭子の『不幸』を演出した石坂まさをの誤算

藤圭子のデビューにあたり、石坂まさをはデビュー戦略を練りますが、その際に参考にしたのが、1967年に五木寛之が発表した小説『涙の河を振り返れ』です。このことについてはこちらの記事 に書いています。藤圭子の売り出しにあたって、ことさらに藤圭子が貧…

藤圭子の精神の病の症状が現れている八代亜紀との動画

藤圭子の精神の病は境界性パーソナリティ障害ではないかということは既に書きました。藤圭子の場合は自傷行為や自殺企図が目立たない高機能型の境界性パーソナリティ障害だと思います。 境界性パーソナリティ障害の特徴的な症状のひとつに『理想化とこき下ろ…

ラジオの生放送を途中で放棄した藤圭子

1982年8月発行の週刊平凡から引用します。妊娠5ヶ月 藤圭子が身重の体で、夫・宇多田照實さんとなぜか、ニューヨークへ いまや、所属プロの社長・藤原成郷さんとの莫大な金銭をめぐる裁判闘争でしか話題にならなくなっていた藤圭子。 しばらくマスコミから遠…

母の目を治すために歯を食いしばって仕事をした藤圭子

藤圭子の母・竹山澄子さんの目の病気は網膜色素変性症でした。この病気は見える視野が徐々に狭くなり、ひどく悪化した場合は視力がまったく失われる人もいます。病気の進行には個人差があり、若いうちから見えなくなる人もいれば、80代になっても視力を保っ…